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劉備の死んだふり事件についてwヒーローとしてあるまじき行為??

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劉備、は三国志に登場する人物です。

三国志演義では主人公ですし三国志で最も有名な人物と言えるかもしれません。

三国志演義での劉備は聖人君子になっていますが、実際の劉備は聖人君子とはかけ離れた行動を行っています。

中には、戦いで死んだふりをして生き延びた事まであるわけです。

死体の中に隠れて死んだふりなどは、ヒーローとしてあるまじき行為ですが、今回は劉備の死んだふりを紹介したいと思います。

太史慈も適当な所や要領の良さを見せますが、劉備とは違ったタイプに思えます。

せこさ?で言えば劉備の方が上かなと考えてしまいます。

ちなみに、司馬懿のボケ老人の振りなどもセコイ部類に入るのかも知れませんw

 

関連記事:太史慈伝説!適当と武勇の人のお話wまとめ!

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劉備の死んだふり事件の真相

劉備の初期の頃の話ですが、張純が反乱を起こしました。

187年に起きた張純の乱の事です。

その時に、公孫瓚に討伐の命令が下ります。

その時に、劉平という人物が劉備を武勇に優れし人物として上奏した事で一軍を率いる指揮官となります。

ちなみに、武勇に優れし者と言えば「関羽」や「張飛」の事を指してもいい気がするのですが、劉平は推薦人物を間違えたのかも知れませんw

戦いが始まるわけですが、張純は烏桓(異民族)との連合軍になっていて手ごわかったようです。

劉備も戦いが始まると、すぐに負傷してしまい動けなくなってしまいます。

さらに、劉備は死体の山の中に身を隠して戦争が終わるまで隠れていたそうです。

とても、三国志演義の聖人君子像の劉備とは思えぬ行動ですw

しかし、戦争が終わると仲間に発見されて無事に帰還する事が出来ました。

劉備は自分の活躍を大袈裟に宣伝した事で、死んだふりをしていたにも関わらず中山国の県尉に任命されます。

とりあえず、めでたしめでたしだったのでしょうw

死んだふりというのは、【したたか】とも言いますが、【セコイ】【卑怯】などの言葉もよく当てはまると思いますw

ちなみに、項羽を破り漢を作り上げた劉邦も似たようなところがありますよね。

劉家には、したたかさの血が流れているんでしょうかね・・・。

あと、劉備が死んだふりをして出世してしまったら、周りの人はやってられないと思っても不思議ではありません。

しかし、劉備の死んだふりを見ていた人がいて、役人に訴えた人もいるという話もあるんです。

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督郵リンチ事件は元を正せば劉備の死んだふりが原因?

三国志正史の劉備のエピソードで督郵を縛り付けて杖で200回殴った、督郵リンチ事件があります。

三国志演義では張飛がやった事になっていますが、実際に役人を引き連れて督郵を殴ったのは劉備です。

 

関連記事:劉備は無法者だった【督郵リンチ事件の真相】

 

しかし、一説によると張純の乱の時に劉備が死んだふりをしていた事がバレていて督郵は解任を告げに来た説があります。

督郵は賄賂を要求したわけでもなく、劉備の死んだふり事件を知って取り調べに来たとする説です。

劉備は督郵に会えば免職される事を覚悟したのか、先手を打って役人を引き連れて督郵を捕らえ杖で200回殴り印綬を外して逃亡した説です。

劉備は妻子や部下を置いて逃亡した事もありますし、信憑性が高い気がしますw

督郵リンチ事件は劉備の逆恨み説まであると言う事です。

あと、督郵は劉備の死んだふりの事を信じ込んでいて、会うのは形式だけで、既に劉備の解任を決定していた説もあります。

解任が決定している事を知った劉備が督郵を襲撃した説です

深層は劉備じゃないと分かりませんが、死んだふりへの逆恨みだった可能性も大いにありますw

 

 

劉備の魅力の秘密

史実の劉備を見る限り義理堅い人物には見えませんし、恩知らずなところやセコイ所なども見受けられます。

決して、悪政をするわけではないのですが、何をするわけでもありません。

しかし、人気者となりみんなから好かれたりするわけです。

無名時代から関羽や張飛、簡雍などは付き従っていますし人を惹きつける魅力があったようです。

三国志のゲームなどでも知力・武力・統率力などは低めですが、必ず魅力だけは最高級のレベルに設定されています。

これが陳寿が言う「高祖(劉邦)の風アリ」という所でしょう。

劉備の先祖とされている劉邦もどこが優秀なのかイマイチ分からないけど、張良、蕭何、韓信、陳平、曹参、夏侯嬰などが付き従っています。

まじめが良いと思っている人もいるかも知れませんが、本当に魅力的な人は劉備のような人なのかも知れません。

ちなみに、俺も出来るのであれば劉備のようになりたいと思った事もあります。

しかし、中国全土を逃げ回ったり放浪した事を考えると「やっぱりいいや」となりましたw

劉備は綺麗な服装を好んだとあるので、外見などはかなり気を使っていたのでしょう。

死んだふりをしても許されるのは(もちろん許さない人もいる)は、普段から人から魅力的に思われるための行動をしていたのでしょう。

現代社会においても自分をよく見せる技術は必須だと考えています。

僕も劉備を見習って美魔女系男子を目指そうと思いますw

方向性が違うかw

 

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