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【阪神タイガース】桑原謙太朗・大幅年俸アップおめでとう!

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実は私は阪神タイガースのファンです。90年代初めに負け続けて弱さを見せつけてくれた時代も阪神を応援していました。

昨年の阪神は広島に大差を付けられましたが、セリーグの順位は2位になりました。

その2位になった原動力ともいえる桑原謙太朗選手が球団史上最高の463%アップの4500万円(推定)で契約を更新されました。

昨年の年俸が800万円だった事を考えると、かなりお得なお買い物だった事が分かります。

年俸800万円の男が最優秀中継ぎ投手になるなど大活躍したわけです。

尚、桑原謙太朗選手は今まではうだつが上がらない選手でした。

新人でもなく横浜ベイスターズ、オリックス、阪神と渡り歩いています。活躍の理由なども解説してみます。

 

 

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球団史上最高のアップ率

元の給料が800万円だったわけで、463%アップは球団史上最高だとされています。

ちなみに、今までの球団史上最高のアップは2016年の原口文仁選手の480万円から2200万円が最高でした。

原口文仁選手は年俸が約4.5倍になったわけです。

それを超える評価をされたのが、今年の桑原謙太朗となります。

 

桑原謙太朗選手のインタビュー

契約更改が行われた時に簡単なインタビューがありましたので文字起こししました。

桑原「思った以上に評価して頂いた」

取材陣「振り返ってこの1年はどのようなシーズンだったと思いますか?」

桑原「一言で大変だったなと思います。年間を通してやる難しさっていうんですかね。すごく疲れたなっていう感じですね。」

取材陣「最後に改めまして来季の抱負をタイガースファンにお願いします。」

桑原「今年1年しっかり活躍出来たと思うので、今年の成績に負けないように来年もしっかりやっていきたいと思います。」

自分としてはもっと話が聞きたかったわけですが、仕方がないですね・・・。

 

 

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桑原謙太朗が【覚醒】した理由

10年間活躍出来なかった桑原謙太朗が今年活躍出来た理由を紹介します。

元阪神タイガースの関本賢太郎さんの話によればコントロールが非常によくなったそうです。

シーズン途中までは0点台の防御率で、シーズンの防御率も1.51と凄い成績を残しています。

さらに、阪神の中継ぎの席が空いていたのも大きいと言っていました。

活躍出来た理由は、一概には言えないが運もあったとのこと。

しかし、2016年の1軍での登板がゼロの選手が最優秀中継ぎ投手ですから、まさに【覚醒】ですね。

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尚、2016年3月に結婚したという情報もあるので愛の力?もあるかも知れません。

奥さんが上手く生活を管理して2人三脚で勝ち取った39ホールドだった可能性も高いでしょう。

私生活の安定が野球の安定を生んだのかも知れません。

 

金本監督も認めた実力

金本監督は現役時代から桑原謙太朗選手の実力を評価していたようです。

さらに、苦手としていたとのこと。

しかし、当時は実力がまだまだ発揮出来ていなかったのですが、金本監督は「あいつが持てる力を全て出し切ったら凄い事になる」と思っていたようです。

桑原謙太朗選手は今年は2軍のキャンプからのスタートでした。

オープン戦で1軍に上がって来た時に、金本監督はバッターボックスでボールを見てすぐに開幕1軍を決めたそうです。

監督が金本でなければ、使ってもらえない可能性もあったのかも知れません。

やっぱり、選手と監督の相性は大事だと思います。

阪神の契約更改について

阪神タイガースの契約更改は甲子園球場の隣にある球団事務所で取材陣を集めてやるのが一般的だと思っている人が多いです。

しかし、実際には甲子園の球団事務所で記者を交えてやるのは1軍の選手や有名選手だけです。

2軍の選手は鳴尾浜球場(阪神の2軍が使っている球場)で練習後にジャージ姿でやるのが普通です。

もちろん、桑原謙太朗選手も去年は鳴尾浜球場で更改しました。

その他にも、阪神の選手寮である虎風荘でハンコを押すだけの事も多いようです。

秋季キャンプの時に「ハンコ」を持ってくるように言われて、突くだけの選手も2軍では当たり前の光景です。

契約更改にしても、1軍と2軍では待遇が全然違う事が分かります。

ちなみに、桑原謙太朗選手は取材陣の数が去年の5倍に増えたそうですw

 

KMDの誕生か?

今年の阪神は救援投手が非常に頑張ってくれました。

桑原謙太朗選手と最優秀中継ぎを分け合ったドリス選手も活躍してくれました。

39ホールドでタイトルを分け合っています。

さらに、セットアッパーのドリス選手も37セーブ(セリーグ最多セーブ)と活躍しました。

この3人でKDMが出来上がっていました。

阪神が優勝した時にはJFKなるものがありました。

ジェフ・ウィリアムス (J)、藤川球児 (F)、久保田智之 (K)の3人でJFKです。

この中で現役は藤川球児選手だけになってしまいましたが、最強の救援陣だったと思っています。

それを彷彿させるのが、桑原謙太朗選手、マテオ選手、ドリス選手だと考えています。

来年はKDMの力を優勝の原動力にして欲しいですね。

今年は鳥谷選手の復活などもありましたが、桑原謙太朗選手の成長は光るものがありました。

来年の阪神は優勝して欲しいなと心から思います。

桑原謙太朗選手も一発屋で終わらない事を願っております。

頑張れ阪神!ガンバレ桑原謙太朗!ガンバレ俺!みたいな感じですねw

 

 

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