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董白は、董卓の愛孫!孫バカぶりも光る!

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董白の史実を紹介します。

董白が有名になったのは、KOEIなどの三国無双などのゲームで登場したからでしょう。

他にも、董卓軍の女性キャラと言えば、貂蝉か董白と言える位のキャラにもなっています。

董白は、史実にも登場しますが、ゲームのように残虐な性格をしていたとか、わがままだったような記述はありません。

しかし、15歳未満の女の子にも関わらず領地を与えられて、渭陽君になっている事実があります。

それを考えると、董卓から非常に可愛がられていたはずです。

陳寿の書いた正史三国志には、董卓伝に少し記述があるだけです。

功績を立てたという事はなく、領地を与えられて董卓の権勢を見せるために、記載したような存在となっています。

尚、史実で董白が呂布や華雄、李儒、貂蝉などに対して、生意気な口をきいたなどの記述もありません。

董白を三国志のゲームから知った人は、キャラを立たせる為のオリジナルの設定と考えるべきでしょう。

董白は、ゲームなどでは性格に問題がありながらも、「かわいい」容姿だったりします。

しかし、正史三国志を見ても、董白が容姿端麗だったという記述はありません。

それでも、領地を与えられたと言う事は、董卓に気に入られていた事は間違いなく、美人であった可能性も十分にあるでしょう。

ただし、顔が「董卓に似ているから気に入られた」となると話は変わって来るのかも知れませんw

上記の画像は三国無双の董白です。

顔はかわいいですが、性格はわがままで良いとは言えません・・。

ただし、董卓に関してはかわいがられるツボを掴んでいる模様ですw

 

 

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董卓が実権を握る

董白は、渭陽君となり領地も貰ったわけですが、これには董卓の出世が無くては無理だった事でしょう。

董卓は太っていたとも言われていますが、若い頃は弓の達人だったようです。

西方で異民族と戦ったりもしていました。

太平道という宗教団体のボスである張角が、黄巾の乱を起こすと、董卓も鎮圧に向かっています。

しかし、董卓は世の中が乱れた方が、自分が権力を握るチャンスがあると見たのか、一生懸命戦わなかった話もあります。

盧植(劉備の青年時代の師匠)が張角を追い詰めていきますが、宦官に賄賂を贈らなかった為に、解任されています。

盧植の後任として、董卓が任命されますが、張角をまじめに攻める気配もなく、最後は皇甫嵩が張角の本隊を破りました。

その後、霊帝が崩御すると、後継者をちゃんと決めていなかった事で、後漢政府は混乱してきます。

少帝が何皇后や大将軍・何進の後ろ盾て即位しますが、宦官の張譲らが何進を殺害してしまいます。

何進の配下である、袁紹らが宦官を撲滅しようとしますが、帝は宦官たちによって連れ去られています。

最終的に、都に来ていた董卓が混乱を制して実権を握ったわけです。

さらに、董卓は丁原を殺害して軍勢を吸収したり、呂布を味方にするなど、確実に勢力を大きくしていきました。

少帝を廃して、献帝(劉協)を即位させた事で、後漢の実権を手中に収めています。

董卓に対して、曹操や袁紹、孫堅らが反董卓連合軍を結成し、洛陽に攻めてきますが、連携が悪く董卓を倒す事は出来ませんでした。

この時に、徐栄などは曹操や孫堅を撃退するなどの活躍もしています。

ただし、呂布と胡軫の仲が悪く華雄が戦死するなどの悲劇も起きてしまったわけですが・・・。

董卓の方も守りに不便な洛陽から、守りやすいとされている長安に後漢の都を移しています。

さらに、董卓は後漢の相国になるなど、人臣の中でも最高位に就いたわけです。

 

関連記事:張角と黄巾の乱に見る、宗教指導者の苦悩と太平道の暴走!

 

 

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董卓の一族が繁栄する

董卓が後漢の実権を握った事で、一族が多いに繁栄する事になります。

英雄記によれば、董卓の側室で歩けないような、赤ん坊まで侯に取りたてられたとあります。

董卓と言うと、残虐な行為を行ったり政治を私物化するようなイメージばかりが先行していますが、一族に対してはどんどん官職などを与えていたのでしょう。

侯になるためには、印綬が必要ですが、赤ん坊などは授けられた印綬で遊んでいたと、記録が残っています。

このように董卓の一族は、どんどん裕福になっていったわけです。

日本では「平家にあらずんば人にあらず」という言葉がありましたが、似たような状況を董卓が作りだしたのでしょう。

侯の身分などは、男性に与えられる場合が大半ですが、董卓の一門で既に官位を与える人がいなくなってしまったのか、女性にまで与える様になったのでしょう。

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その象徴ともいえるのが、董白だったのではないでしょうか?

 

董白は、董卓の愛孫だった

董卓と言えば、残虐・暴虐など粗ぶった態度が多く、悪人のイメージが強いです。

しかし、董卓と言えども、愛孫に関しては優しかった可能性もあります。

尚、董白は董卓の孫という記述がありますが、父親と母親の名前に関しては分かっていません。

もちろん、董白の父親や母親がどのような官位を賜ったのかも不明です。

董白は領地を賜るわけですが、年齢が15歳にも満たなかったとされています。

 

董白を董卓は異常なほど可愛がっていたのか?

董卓ですが、董白の事はかなり可愛がっていたようです。

英雄記によれば、まだ15歳にもなっていないのに、渭陽(いよう)君として、領地を与えたと記載があります。

董白の渭陽君就任の儀式の時は、董卓が住む郿城の隣に、壇を築かせて金の花飾りと青い蓋がついた、豪華な車に董白を載せたと記録されています。

さらに、都尉や中郎将や、に滞在している刺史や2千石の俸禄を貰う高官などを正装させて、董白の先導役やお供を務めさせたとあります。

壇上に昇ると、董卓の兄の子である董璜(とうこう)を使者に仕立てて、董白に印綬を渡したとあります。

董白の就任の儀式の時に、董卓は一世一代とも言えるようなパフォーマンスを行ったわけです。

15歳にもならない孫娘に領地を与えられるなどは、如何に董卓の権力が強かったかが分かるはずです。

董卓の方も董白に余程気に入っていたのか「おじいちゃん、凄い!」とか言われたかったのかも知れません。

ある意味、董卓の孫バカぶりが光るように思えてなりませんw

しかし、自分が役人だとしたら「付き合ってらんね~よ!」と内心は、不満に思う事は間違いないでしょう。

もちろん、董卓の前では、董白に印綬を渡した行為を絶賛すると思いますがw

 

董白の最後

董白の最後ですが、記載が無くて分かっていません。

正史三国志の注釈である英雄記の董白の記述に関しては、如何に董卓の権力がどれだけ凄まじかったのかを伝えるのに、記録されている様に思います。

実際に、董卓の権力は凄まじかったのでしょう。

しかし、呂布が董卓の侍女と密通したりして、呂布と董卓の仲が悪くなっていきます。

王允は、董卓を内心は嫌っていましたし、呂布を仲間に引き入れて、董卓を討つ事にします。

三国志演義では、貂蝉という女性を登場させていますが、史実には出て来ません。

しかし、呂布が董卓の侍女と密通した事は事実であり、それをドラマチックに描いたのが三国志演義の呂布と董卓の愛憎劇となっています。

王允は呂布を使って董卓を討つ事に成功しています。

さらに、董旻(とうびん)などを始めとした、董卓の一族は老若男女問わずに殺害されたわけです。

王允による董卓の一族の粛清の時に、董卓の母親は90歳を超えていたとされています。

董卓の母親は命乞いをしますが、それでも問答無用で斬り捨てた話が残っています。

王允にとってみれば、後禍を残さぬために、董卓の一族を皆殺しにする所存だったのでしょう。

この時に記録はありませんが、董白も一緒に殺害されたのではないかと思われます。

董白にしてみれば、昨日まで栄華を極めて贅沢に暮らしていたのに、今日になったら一変して苦境に立たされてしまったわけです。

董白は年齢も10代だったはずであり、政変を身をもって体験した事が無かった事でしょう。

そのため、意味も分からずに殺されてしまった可能性も十分にあります。

 

度が過ぎる優遇はよくない

董卓ですが、一人が死んだ事で一族が皆殺しになってしまうのは、政権として盤石では無かったのでしょう。

董卓に関して、王允や呂布だけではなく、多くの不満分子もいたはずです。

日本では、大化の改新で中大兄皇子と中臣鎌足が政変を起こしています。

この時に、蘇我入鹿が殺害されているわけですが、この時も蘇我入鹿が死んだ事で、蘇我氏は一気に崩壊しています。

これに似ていると思いました。

董卓の場合は権力を握った時に、一族を優遇し過ぎた事への反感もあったのでしょう。

優遇し過すぎた一族の最たるものが董白だったのかも知れません。

しかし、常識を外れたように優遇するのは、批判の的になるのでよくない事だと感じました。

功績もないのに、優遇されると言うのは、後に災いを招いてしまう事になるような気もします。

董卓が董白に、孫の可愛さにしてしまった事はやり過ぎだと言えるでしょう。

そう言いながらも、もし自分に孫が出来てしまったりしたら、親バカではなく、じじバカになってしまう可能性も十分にあります。

無駄にお小遣いとか、プレゼントしてみたりしてしまう可能性も高いでしょうw

ただし、生意気な孫であった場合は別かも知れませんがw

 

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