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夏侯楙(かこうぼう)は、金儲けと女好きで礼に煩い夏侯惇の息子!

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夏侯楙(かこうぼう)の史実を紹介します。

夏侯楙って誰?と思うかも知れませんが、夏侯惇の息子であり、正室には曹操の娘がなっています。

さらに、夏侯淵亡き後に、関中(長安)という魏の重要拠点を守備する将軍に任命されています。

これだけ見ると、凄そうな感じがするかも知れませんが、実際にはトンデモ系!?の人物です。

金儲けが好きで、さらに妾を多くし正室である清河公主とは不和となっています。

さらに、陳寿が書いた正史三国志には「生まれつき武略が欠ける」とも酷評されています。

羅貫中が描く三国志演義では、諸葛孔明に容易く敗れて、さらに孔明の策に利用され、最後は羌族の地に逃亡しています。

しかし、実際の夏侯楙は、諸葛亮率いる蜀軍とは戦っていません。

長安の守備を任されていた事は事実ですが、魏の明帝(曹叡)に統率力を疑問視されたのか、戦う前に解任されています・・・。

今回は、史実の夏侯楙がどのような人物だったのか解説します。

 

お金儲けが好きだった

夏侯楙ですが、正史三国志に「金儲けを好んだ」と書かれています。

三国志の英雄を見てると、お金よりも志で動いている人が多いようにも見られるわけです。

それにも関わらず、「お金設け」が好きだとか書かれてしまうと、志が卑しく感じるかも知れません。

夏侯楙がお金儲けを好んだ理由ですが、父親である夏侯惇に原因があるような気がします。

夏侯惇という人は、気性は荒かったような事も書かれていますが、部下に対しては面倒見がよかったようです。

夏侯惇は、清廉潔白な人物でもありますし、蓄財はせずに財産は人々に分け与えていたとあります。

これを見ると夏侯惇は部下想いの立派な人物に思うかも知れません。

しかし、夏侯惇の家は魏の重臣にも関わらず、お金が大してなかったのではないでしょうか?

お金があると、夏侯惇が人々に分け与えてしまう為にお金が貯まる事はなかったと言う事が想像できます。

春秋戦国時代に、晋の大臣として最高位に昇った韓厥という人物がいました。

韓厥は、清貧を貫いた為に家には全然お金がありませんでした。

息子である韓起も跡を継いで晋の大臣になるわけですが、家にお金が無くて活動がしにくいと、叔向(晋の名臣)に愚痴をこぼす場面があります。

韓厥が清貧を貫いて部下に分け与えすぎてしまって、最高権力者だったにも関わらず貧乏という状態に陥っています。

春秋戦国時代の趙の名将として、趙奢という人物がいます。

趙奢も趙王から頂いた物は、全て部下に分け与えてしまったという話があります。

子である趙括は、将軍に任命されると金もうけに走り土地を買いあさったり、趙王より頂いた物は全て自分の物にしてしまったとあります。

趙括は、貧乏だったという話はありませんが、父親である趙奢が清貧だった為に、将軍の家柄の割にはお金がなかったのかも知れません。

同じような事が、夏侯楙にも起こり、お金儲けを好み蓄財に励んだ可能性もあります。

ちなみに、スケールは小さいですが、私のひい爺ちゃんは、清貧系の人物だったらしいです。

しかし、うちのじいちゃんは、蓄財に励んだ人物で、ひいじいちゃんとじいちゃんは、親子でかなり言い争っていたらしいです・・・。

親が清貧であると、子はお金がない事を心配して蓄財に励んでしまうのかも知れません。

ただし、お金というものは、無ければ困るので蓄財に励む事自体は悪い事ではないはずです。

しかし、夏侯楙の場合は、史書に「お金儲けが好きだった」と書かれている為、度を超えたお金儲けが好きだったのでしょうw

 

女好き過ぎて清河公主と不和になる

夏侯楙ですが、蓄財に励んだ事は説明しました。

しかし、貯めたお金で何をしたのか?ですが、歌姫や側室を多く抱え込む事に使ったようです。

夏侯楙は、後に夏侯淵の後任として、関中という魏でも首都である洛陽に次ぐ重要な都市の守備を任されています。

関中の在任中に多くの歌姫や側室を抱え込んだと正史三国志に記載があります。

歌姫や側室を抱え込むにはお金がいるわけです。

それを考えると、蓄財で励んだ分で使ったのではないかと思われます。

さらに、曹丕からは昔から気が合ったのか仲が良く、その縁で出世したりしている所も見受けられます。

夏侯楙の場合ですが、蓄財はしてもケチではなかったのでしょう。

お金儲けで貯めた分は、歌姫を買ったりしていたのだと思われます。

曹丕は過去に、曹洪に借金を申し込んで断られた事があります。

この事を恨んだ曹丕が即位すると、いきなり出世させといてから、罪に落とすなどの行為をしているわけです。

それを考えると、夏侯楙はお金儲けもして、散財もしていたと思われます。

曹丕との仲を考えると、曹丕が「お金を貸してくれ」と言われれば、素直に貸したのかも知れません。

ただし、借用書は取ったかも知れませんがw

 

武略に欠ける

夏侯楙ですが、生まれつき武略に欠けるとしっかりと書かれていますw

父親は、夏侯惇で独眼竜の武将でした。

見るからに怖そうな人だった事は間違いないでしょう。

その夏侯惇の息子である夏侯楙は、何故か「生まれつき武略」がありませんw

父親が違うんじゃないの?と思ってしまうほどです。

「生まれつき武略がない」とか、正史に書かか無くても、いい事を書かれてしまう辺りはよっぽど下手糞だったのでしょう。

夏侯楙は、夏侯淵の後任として関中を守るわけですが、曹丕はよく任命したなと思った次第です。

普通で考えれば、武略に欠ける人物は任命しないのではないでしょうか?

それとも、夏侯楙の事を武力はないが、知力は高いとでも思っていたのでしょうか?

この辺りは非常に謎でもあります。

尚、日本でも織田信雄は、ルイスフロイスから「織田信雄は普通の人に比べて知恵が劣っている」と酷評されています。

こういう書かなくてもいいような事を、書かれてしまうのは、よっぽど当時から評判が悪かったのかも知れません。

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夏侯楙も同様に、評判がかなり悪かった可能性があるのでしょう。

 

長安の守備を解任される

諸葛亮は、第一次北伐で、趙雲、鄧芝を囮として箕谷に進撃しています。

その動きに連動して、蜀の諸葛亮率いる本隊は、祁山を攻めたわけです。

諸葛亮の動きにより涼州の一部が動揺して、魏を裏切り蜀に寝返っています。

さらに、諸葛亮は馬謖を街亭に派遣して、張郃と戦わせています。

この事態を重く見た、魏の皇帝である曹叡は自ら、長安に向かい指示を出す事にしました。

長安に曹叡は到着するわけですが、夏侯楙について意見する者があり、都に返して尚書に任命したとあります。

夏侯楙を解任して、別の役職に就けたわけです。

これについて史書は詳しく書いてありませんが、夏侯楙は関中で正室である、清河公主とも不仲になるほど、歌姫を買ったり側室を多く入れたわけです。

この能天気さを見た、諸将の誰かが「あいつ(夏侯楙)じゃ無理だ」と曹叡に言ったのではないでしょうか?

それか、曹叡が長安に到着してみたら、夏侯楙が歌姫たちと遊んでいる事を知ってしまったのではないでしょうか?

それで、諸将に確認を取ったら、夏侯楙は長安でお金儲けと歌姫と遊ぶ事、に精を出している事を知り解任したのかも知れません。

これはあくまでも、想像なのですが夏侯楙ならやりかねないと思っていますw

尚、蜀の軍議では、魏延が長安急襲策を諸葛亮に進言しています。

結局、諸葛亮は採用しませんでしたが、長安急襲策を取ってみたら、初期の関中では守っているのが夏侯楙ですから、勝てた可能性は十分にあるのではないでしょうか?

諸葛亮はかなり勿体ない事を、してしまったのかも知れませんw

 

夏侯楙は腐れ儒者だった!?

夏侯楙ですが、弟がいた事が明らかになっています。

夏侯子臧と夏侯子江がいたようです。

ここの子臧と子江は、諱ではなく字の可能性が高いでしょう。

前漢は、禅譲により王莽が即位して新という国を作ります。

その時に、王莽は諱は一文字がいいという政策を行い、それの名残で三国志時代の人物の諱は一文字が大変多いわけです。

子臧と子江は、字になるのではないかと思われます。

「子」を付ける字は、子玉とか子西、子産などよく使われています。

それを考えれば、子臧と子江は人物の字だと考えた方が自然でしょう。

夏侯楙は、自分の弟である子臧と子江に対して、礼を踏み外す行為があると何度も叱責したと書かれています。

夏侯楙は、お金儲けが好きで、さらに色を好み、武略もないのですが、礼に対しては煩い男だったのかも知れません・・・。

孔子とか、子産とか、春秋左氏伝の君子らが「礼」について言えば、納得が出来るような気がします。

しかし、夏侯楙が礼について煩くても、「嫌な奴」にしか思えないのではないでしょうか?

礼について煩い割には「お前の生活態度は何なんだ!」となってもおかしくもありません。

これを考えると、目下の人間に関しては夏侯楙は特に嫌な性格だったのかも知れません。

それでいて、曹丕には気に入られていたようですから、目上の人に対するゴマスリに関してはある程度、上手かった可能性もあるでしょう。

これを考えると、夏侯楙には人望も無いように思えて仕方がないわけです。

事実、この後に、妻である清河公主と弟たちに罪をでっち挙げられています・・・。

夏侯楙は、腐れ儒者だった可能性も十分にありますw

 

清河公主と弟たちに罪を着せられる

夏侯楙は、子臧と子江に対して厳しく叱責したわけです。

子臧と子江は、夏侯楙に処分される事を恐れて、共謀して罪をでっち挙げています。

さらに、子臧と子江は夏侯楙の妻である清河公主を巻き込み、罪を上表しています。

清河公主は、夏侯楙の女癖に悪さから嫌っていたようで、子臧と子江に協力しました。

これを見た曹叡は、長安の事を根に持っていたのか、夏侯楙をすぐに処刑してしまおうとします。

しかし、長水校尉の段黙が下記のように進言しています。

「清河公主の訴えは、夏侯楙との仲が上手く行っていない為です。清河公主は事実調査をしない事を願っているはずです。」

「伏波将軍(夏侯惇)は、先帝(曹操)の元で絶大なる功績を成しました。その事を考慮しなければなりません。」

曹叡はこの事に納得して、事実調査をした所、子臧と子江が罪をでっち挙げた事が分かったとされています。

ただし、罪が分かってもどのような処分を下したのかは記載がなく分かっていません。

尚、ここから先の夏侯楙に対する記録もなく、最後もどうなったのか分かりません。

案外、夏侯楙の事ですから、無実が決まったのに曹叡から処刑されてしまったとか、あるのかも知れませんw

流石に、それはないかな・・・。

 

夏侯楙に好感を持てるのは自分だけだろうか?

夏侯楙の父親である夏侯惇は、武将として活躍するだけではなく、政治においても重責を担っています。

さらに、曹操は不臣の礼を行っていた時期もあり、夏侯惇を臣下扱いしていなかった事もあるわけです。

これを考えると、夏侯楙は親の威光により生き抜いたと言えるでしょう。

しかし、夏侯楙は取り柄がないような気もしますが、好感を持ってしまうのは自分だけでしょうか?

明らかに無能な人物で、礼に煩いとか非常に迷惑な男なのですが、何となく好感が持てるような気がします。

三国志では曹豹が意外と人気があります。

これに関しては、三国志のゲームで何度も能力値で最低の数値を獲得したからでしょう。

夏侯楙は、最低の能力値を獲得はしていませんが、武力7、知力4、魅力2など最低レベルの数値を付けられる事が多いです。

無能の奴ほど、人気が出てしまうパターンに当てはまってしまうからだと思われます。

スーパーマリオのクリボー、ドラクエのスライムを応援したくなる気持ちと似ているのでしょう。

ただし、自分はリアルの世界で夏侯楙が登場してしまったら、絶対に嫌うタイプだと感じました。

腕力もなく、女癖も悪く、それでいて礼に対して煩い奴とくれば、嫌う要素が満載だと思われますw

リアルの世界で、夏侯楙がいなくてよかったなと思いました。

三国志の物語の中の人物だからこそ、好きになれるのでしょうw

 

 

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