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卑弥呼は公孫度の親戚なのか?【晋書の邪馬台国の記述を検証】

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卑弥呼と言えば魏志倭人伝が有名です。

卑弥呼の記述に関しては、日本側の日本書紀や古事記にはありませんし、魏志倭人伝にしか記載がないと思っている人は多いです。

実際には晋書と呼ばれている三国志の次の時代を書いた書物には邪馬台国と卑弥呼に関する記述が存在します。

晋書の四夷伝という場所に書かれています。

晋書に書いてある倭国の記述は、読み方によっては卑弥呼が公孫度が作った遼東の公孫氏の親戚になってしまうわけです。

今回は晋書を元にして邪馬台国の記述を検証してみます。

 

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晋書の倭国の記述

晋書の倭国の記述ですが、人によっては「晋書倭国伝」と呼んだりしています。

晋書の邪馬台国や卑弥呼と公孫氏と関係する記述は下記になります。

「舊以男子為主 漢末 倭人亂 攻伐不定 乃立女子為王 名曰卑彌呼 宣帝之平公孫氏也 其女王遣使至帶方朝見 其後貢聘不絶 及文帝作相 又數至 泰始初、遣使重譯入貢」

上記の赤文字の部分が問題の場所です。

訳し方には2種類が存在します。

尚、宣帝というのは三国志で有名な司馬懿仲達の事で魏の将軍として遼東の公孫淵を滅ぼした事を指します。

司馬懿の子孫である司馬炎が魏から禅譲により帝位に就き、司馬氏発展の基礎を作った司馬懿に対して宣帝という諡号を追号されたわけです。

卑弥呼が公孫氏の一族だった

卑弥呼が公孫氏の一族だった話ですが、その訳し方だと下記のようになります。

名を卑弥呼と呼ぶ。宣帝(司馬懿)が平定した公孫氏である。

この訳し方だと公孫氏と邪馬台国の卑弥呼は親戚となります。

さらに、公孫氏の親戚だとすれば卑弥呼の正体は中国人とも取れるわけです。

 

司馬懿が公孫氏を平定したので朝貢が出来るようになった

もう一つの説が卑弥呼が公孫氏の親戚ではないとする説です。

名を卑弥呼と呼ぶ。宣帝(司馬懿)が公孫氏を平定したため女王は帯方郡に使者を派遣して朝貢した。

こちらの解釈では、司馬懿が公孫氏を破り平定した為に、女王である卑弥呼が帯方郡に朝貢が出来るようになったと解釈する事が出来ます。

現在の日本人の多くが、こちらの説を採用しているように思います。

私の解釈はやっぱり司馬懿が公孫氏(公孫淵)を破った為に道が繋がり魏と倭は外交が出来るようになったと考えています

しかし、こういうのは多数決で決まる物ではありませんし、中国語で読んでみれば、どちらの解釈とも読めるわけです。

そのためどちらかが正しいのかイマイチ分かりません。

しかし、公孫氏と卑弥呼が同族であれば遼東の近くに国が無ければおかしいような気もするわけです。

朝鮮半島を超えて、海を越えて対馬の辺りから日本に入り公孫氏が国を建てたという事になります。

そのような事が本当に出来るのか?とも考えてしまうわけです。

 

 

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邪馬台国朝鮮半島説がある

公孫度や公孫淵などの遼東を治めた人たちの親戚が卑弥呼であれば、邪馬台国も近くになければならないと言う考え方があります。

通説の位置ですと、倭国は日本列島になります。

これだと遼東と倭国の間に朝鮮半島があり距離が遠すぎるのでは?と考えた人がいるわけです。

そこで、朝鮮半島に邪馬台国があったとする説もあります。

朝鮮半島に邪馬台国があれば、距離的には遼東とそれほど遠くはありません。

その他にも、下記のような事が理由にされています。

日本書紀や古事記に邪馬台国が登場しないのは邪馬台国が今の日本の位置になかったから。

倭国と高句麗の広開土王が戦った記録があるが、倭国と高句麗では間に新羅や百済・伽耶諸国もあり距離が離れすぎている

倭国は朝鮮半島に4年に1度のペースで攻め込んでいる。しかし、遣隋使や遣唐使の航海技術を見ると余りにも脆弱すぎる。倭国自体が日本に無かったことを指す。

倭の五王(讃、珍、済、興、武)が中国の南朝に朝貢外交を行っているが日本の天皇が中国のような名前を名乗った事は無い。倭の五王は朝鮮半島にあった倭国(邪馬台国?)である。

など、様々な主張をする人がいるわけです。

邪馬台国がどこにあり卑弥呼の正体は何なのか?という事はイマイチ分かってはいません。

卑弥呼については、ほとんど記述がないですし、日本側の記述もないからです。

この時代の邪馬台国や倭国の正体を知るには、膨大なる頭脳の出現を待つしかなさそうです。

私としては、日本側の古墳でも掘り起こしてみれば何かしら資料が出てくるのでは?とも考えていますが、現在では宮内庁の管轄となっているため掘り起こす事も出来ません。

私も日本人のルーツを知りたいですし、技術の進歩などで解明して欲しいと思います。

尚、余談ですが、邪馬台国は畿内説や九州説が有名ですが、その他にも四国説、出雲大社説、伊勢神宮説、諏訪大社説などもあります。

日本全国に邪馬台国だと比定される場所はあるわけです。

海外では紹介した朝鮮半島説以外にもジャワ島説やエジプト説などもありますw

エジプト説などは笑ってしまうような気もしますが、学者さんの中では真剣に考えて検証を立てた結果エジプトにあったと比定している人もいるわけです。

邪馬台国の謎を解くには膨大なる頭脳の出現を待つしかなさそうです。

AIが邪馬台国の場所を特定してくれる日も来るのかも知れませんね。

 

関連記事:空白の4世紀を解明するには?

 

卑弥呼は中国人なのか?

公孫氏の話に戻しますが、卑弥呼が遼東の公孫氏の親戚であれば卑弥呼は中国人となります。

私も含めて日本人の心としては、卑弥呼は日本人であってもらいたいのではないでしょうか?

しかし、これも願いで決めるわけには行きませんし、何とも言えない所もあります。

尚、余談ですが、DNAで調べると日本人はモンゴルの北にありロシア南東部のバイカル湖に起源があるそうです。

バイカル湖起源説が実際に唱えられています。

化学が進んだと言われている現在であっても、まだまだ日本人の謎は多いようです。

謎が多いからこそ、ミステリアスで惹きつける魅力があるのでしょう。

近い将来に邪馬台国や卑弥呼、天皇家などの謎が解明される事を願っています。

出来れば自分が生きているうちに解明してくれる事を希望していますw

無理な話か・・・。

 

関連記事:倭の五王と九州王朝説について

 

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