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藺相如の実績のまとめ

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藺相如の記事が多くなってしまったので、まとめの記事を作る事にしました。

マイナーな出来事も取り上げたつもりなので、藺相如の実績を網羅出来たのではないかと思います。

 

藺相如が繆賢(びゅうけん)を救う

最初から藺相如は大臣だったわけではありません。

趙の恵文王の宦官の長である繆賢(びゅうけん)の家来でした。

ある日、繆賢は恵文王の怒りを買い、燕に逃亡する事を企てます。

それを聞きつけた藺相如が繆賢を説得して、恵文王に謝罪するように進言します。

これが成功して、繆賢は罪を許されました。

しかし、繆賢は藺相如が国器だと知り藺相如を恵文王に推薦します。

どんなに能力があっても、繆賢のような人がいなければ、人は出世する事が出来ない事も分かる内容です。

他にも、宦官は悪だと考える風潮もありますが、まともな宦官も世の中にはいたと知ってもらえればと考えて書きました。

関連記事:藺相如が繆賢(びゅうけん)を救う

 

 

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完璧の語源を作る

繆賢に推薦された藺相如は恵文王と面会し、秦との交渉をする事になりました。

【完璧】【連城の璧】などの言葉の元になった話です。

和氏の璧を持った藺相如が、癖のある秦の昭王に対して、宮廷で奮戦する内容を描きました。

秦の昭王は約束を反故にするつもりだったのですが、藺相如は怒髪天を抜く勢いで昭王を圧倒します。

現代でも使われている言葉の語源なのでチェックしておいて欲しいと思います。

関連記事:【怒髪天を抜く】藺相如の外交!完璧の語源を作る

関連記事:和氏の璧と卞和

黽池の会

藺相如は恵文王のお供で、秦の昭王と対談する事になりました。

しかし、癖が非常に強い昭王は罠を仕掛けてあったわけです。

それを藺相如は見事に対応して、逆に秦の昭王が恥をかく事になります。

藺相如の強気の対応と、昭王の哀れな?姿を見てくれればなと考えています。

これがきっかけで藺相如は上卿となり大出世する事になるわけです。

関連記事:藺相如が恵文王を守り秦・昭王をやりこめる

 

 

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廉頗と藺相如の刎頸の交わり

上卿となり大出世を遂げた藺相如ですが、位は廉頗の上になりました。

これが廉頗には面白くありません。

廉頗は藺相如を辱めてやると、言いふらしますが、それに対して藺相如は逃げ回っているような感じでした。

しかし、これが部下に指摘されて本心を知ると、廉頗は藺相如に対する態度を改めています。

廉頗って単純だけど、いい奴だよな~と感じてもらえればいいなと思っています。

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尚、廉頗と藺相如は刎頸の交わりという固い絆で結ばれていて、二人が元気なうちは秦も手出しが出来なかったと史記に記録があるほどです。

関連記事:廉頗が藺相如に謝罪し刎頸の交わりを結ぶ

 

藺相如の最後

藺相如が死んだ時の様子はよく分かりません。

キングダムだと堯雲の叫びが邯鄲中に響いたとされていますが、歴史書などには、死亡した月日や死んだ時の様子が描かれたものはありませんでした。

しかし、最後の記録は長平の戦いの時に廉頗更迭に反対した事です。

多くの歴史研究家などは、その後、間もなくして藺相如は亡くなったと考えています。

藺相如が亡くなる事で、趙の国家はどのように変わったのかや、藺相如の役割などを検証してみました。

尚、合わせて長平の戦いの記事も読んでおくとよいでしょう。

関連記事:藺相如の死とその役割とは

関連記事:長平の戦いを完全検証してみた!

関連記事:白起の用兵はどのようなものか?白起を徹底解説!!

関連記事:王翦は春秋戦国時代の最後の名将!

 

藺相如の【武】堯雲・趙峩龍と今後の予想

藺相如の部下であった堯雲と趙峩龍という二人の武将がキングダムで登場しました。

藺相如は知勇兼備の士ではありますが、武がありませんでした。

趙国三大天には武が必要であったらしく、この設定が追加されたのでしょう。

尭雲は2000人ほどに減っていましたが、藺相如の雷雲と呼ばれる戦力を保持していました。

この先、堯雲や趙峩龍がどうなるのか?予想も合わせて解説します。

尚、堯雲を調べてみても歴史書には登場しません。

同様に趙峩龍も実績が分からない架空の武将だと思われます。

李牧の指揮で頑張ってはいますが、今後を予想してみたいと思いました。

尚、幻の三大天藺相如は史実だと斉の平邑を攻めた1回しか将軍になった記述がありません。

その事についても触れています。

関連記事:藺相如の【武】堯雲・趙峩龍と今後の予想

関連記事:鄴攻め(ぎょうぜめ)が龐煖(ほうけん)の最後なのか?

関連記事:李牧は悲運の名将!

 

藺相如まとめを書いてみて

藺相如の記事がここまで長くなるとは思いませんでした。

文字数にして、1万文字以上は軽く書いたと思います。

秦の昭王とのやり取りが一番の名シーンでしょう。

尚、廉頗が戦場で様々な活躍が出来たのは、藺相如が宮廷を牛耳っていたからだとも考えられます。

趙には無くてはならない人材だったのでしょう。

尚、恵文王の頃の趙は、三大天・廉頗・藺相如・趙奢だけではなく、楽毅、田単などの武将もいた時期があります。

当時の名将が最終的に行きつく先は、恵文王の所だったのかも知れません。

趙は名将や名臣に取って力を発揮できる居心地のよい場所だったのかも知れませんね。

藺相如の凄さが分かってくれればと思います。

キングダムでもいずれは、藺相如外伝などをやってくれるのではないかと期待しています。

 

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