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藺相如が繆賢(びゅうけん)を救う

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キングダムでも回想録として、超国幻の三大天として藺相如が登場しています。

今回は、藺相如が世に出るきっかけになる繆賢(びゅうけん)を救ったエピソードを紹介します。

尚、繆賢というのは宦官であり去勢された人間です。

王様や皇帝の近くにいて、女官や皇后などに悪い事をしないように、男根を切除された人間です。

ただし、王様の近くにいる事が出来るので、権力を握る事も出来る存在です。

中国王朝は宦官により滅亡した王朝もあります。

政の作った秦王朝も趙高が秦を腐敗させて滅亡に導きました。

しかし、世の中にはまともな宦官もいた事が分かる話です。

 

 

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繆賢の家来になった藺相如

繆賢は、趙の恵文王の寵愛された宦官だったようです。

単純に気が合ったのか、世話の焼き方が上手かったのか分かりませんが、お気に入りの宦官です。

宦官であっても、王に気に入られる事が出来れば財を成す事も出来ますし、朝廷で意見をいう事が出来ます。

この宦官繆賢の家来に藺相如という男がいました。

なぜ、繆賢の家来になったのかは分かりませんが、歴史書に登場する時には、既に繆賢の家来でした。

繆賢が宦官だった事から、藺相如も宦官だったのでは?と考える人もいますが、宦官だった記述はありません。

 

繆賢が燕王と誼を結ぶ

趙の恵文王と燕の昭王が国境付近で、会見した時に繆賢もお供しました。

その時に、燕の昭王は繆賢に会い手を握り「友人になって欲しい」と言われたそうです。

これを真に受けた繆賢は燕王の後ろ盾が出来たと思ったのでしょう。

尚、この時の燕は斉により壊滅的な打撃を食らっていて、弱小国になり果てていました。

 

 

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恵文王の怒りを買う

ある時、繆賢はミスをして恵文王の怒りを買います。

どういうミスをしたのかは、分かりませんが、繆賢がミスをした事は間違いありません。

その時に、繆賢は恵文王の怒りを恐れ、燕に逃亡しようとします。

それを止めたのが、繆賢の家来である藺相如です。

藺相如「燕王とは、どのような知り合いなのですか?」

繆賢「恵文王と会見した時に、手を握ってくれて友人になろうと言ってくれた仲だ」

藺相如「それは、趙が強く燕が弱小だから、恵文王のお気に入りの繆賢様と友人になろうと言っただけです」

藺相如「今、繆賢様は恵文王の怒りを買っています。燕に行っても優遇はされず、恵文王の怒りを恐れて趙に連行されるのが目に見えています」

これを聞くと繆賢は、その通りだと恐れたじろいだそうです。しかし、藺相如は次のようにアドバイスを送ります。

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藺相如「恵文王であれば、繆賢様が処刑台に乗り誠意を込めて謝れば許してくれるかも知れません」

繆賢「そうする以外に道は無さそうじゃな」

繆賢は、藺相如のアドバイスの通りに実行すると、見事に恵文王に許されて元の地位に戻る事が出来ました。

藺相如のアドバイスで繆賢は救われたわけです。

 

藺相如が出世する機会を繆賢が作り出す

趙には、楚から送られた国宝である和氏の璧がありました。

これを秦の昭王が話を聞きつけて、15城と交換しようと言い出します。

しかし、趙の宮廷では秦に騙されて、和氏の璧だけ取り上げられて、城は明け渡さない可能性もあるので困っていました。

かといって断れば秦軍が攻めてきます。

難しい外交だったので、使者になる人物がいませんでした。

その時に、繆賢が恵文王に推薦したのが家来の藺相如です。

先ほどの、恵文王と繆賢の和解の話を説明して藺相如を推薦したのです。

恵文王は藺相如と会談して気に入り、使者に任命しました。

ここにおいて、藺相如は歴史の表舞台に立つ事になりました。

秦王への使者が宦官の家来では秦王に失礼になる事から、藺相如は恵文王直属の家臣になることが出来たのでしょう。

後に、藺相如は廉頗、趙奢と並び、趙の最高位に就く事になります。

尚、恵文王に藺相如を推薦する時に、【知勇兼備の士】という言葉を使っています。

キングダムで藺相如は知力と勇気はあるが武に欠ける、武を補うのが堯雲と趙峩龍の役目という事なのでしょう。

 

宦官でも、まともな奴がいる

宦官というと、三国志で後漢を腐敗させた十常侍蜀をダメにした?黄皓など悪役に適した人物が数多くいるイメージです。

ちなみに、キングダムで李信や政が頑張って作った統一王朝である秦を内部から滅ぼしてしまったのは、宦官の趙高です。

趙高の場合は、丞相の李斯や蒙恬などの重臣も罪を着せて殺害しています。

このように【宦官=悪】というイメージが強いのですが、繆賢のように賢い宦官もいるわけです。

藺相如は、繆賢のそういう所が気に入って家来になった可能性もあります。

その後、藺相如は出世して上卿になるわけですが、繆賢がいなかったら歴史に名を残す事はなかったでしょう。

秦に対しても、恵文王は領土をかなり割譲されていた可能性もあります。

李信における秦王政、管仲における鮑叔、諸葛亮における劉備などの役目を担ってくれたのが繆賢です。

繆賢は、偉大な人だなと思いました。

繆賢の名前をよく見ると、「賢い」という字ですね。名前は能力を表すのかも知れませんね。

尚、あたなの会社には繆賢はいますでしょうか?繆賢がいないと会社では、どんなに頑張っても評価されない可能性があります。

あなたにおける繆賢が出現する事を祈っております。

 

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